こんにちは。ファッションアナリストの山田耕史です。
こちらで文章を書かせていただくのは初めてなので、軽く自己紹介を。
大学在学中に出会ったコムデギャルソンの川久保玲に憧れ、卒業後は服飾専門学校に入学し、フランスに留学。パリの服飾専門学校でデザインとパターンを学び、在学中はパリコレクションブランドでアシスタントを務めたこともありました。
帰国後はファッション企画コンサルティング会社、ファッション系ITベンチャー企業で経験を積んだ後、フリーランスに。昨年はKADOKAWAから「結局、男の服は普通がいい」という書籍を出版しました。
現在は「ファッションをもっと楽しく、もっと自由に」というテーマのもと、ブログを中心にファッション情報を発信しています。
今回から「ファッション×お仕事」を題材にこちらで文章を書かせていただくことになりました。
現在、皆さんが当たり前のように着ている服や、身に付けているアイテムも、実は「お仕事」がルーツであったり、「お仕事」に深く関係していることが多いのです。
ファッションアイテムの成り立ちにまつわる歴史や文化を知れば、誰もが頭を悩ます着こなしも、自然と説得力が生まれるようになりますし、自分にマッチしたアイテムも選びやすくなるでしょう。
初回のテーマは、お仕事のファッションアイテムというイメージが強い「ネクタイ」です。
ネクタイの歴史的な起源はお守りだった?
実はネクタイの起源はお守りだったという説があります。(本稿の内容は信頼の置ける文献を参照しておりますが、歴史的な内容については諸説あるものもありますのでご了承ください)
ネクタイはフランス語で「クラヴァト(cravate)」と言うのですが、このクラヴァトという言葉の誕生にはちょっとした逸話があるんです。
17世紀のヨーロッパで勃発した三十年戦争は、宗教戦争に端を発し、後に大国を巻き込んで国際的な戦争へと拡大していきました。
ときに、フランスは国王ルイ13世の治世。ルイ13世はアレクサンドル・デュマの小説「三銃士」や、それを基にした「アニメ三銃士」(僕のようなアラフォー世代には懐かしいNHKアニメ)などにも登場するので、大まかな時代の雰囲気はおわかりになる人も多いのではないでしょうか。
さて、そんな三十年戦争でフランスはクロアチアから傭兵を招聘しました。
フランス全軍を閲兵していたルイ13世は、クロアチア兵が首に色鮮やかな様々な種類の布を巻いていることに気付いて「あれは何か」と尋ねます。側近は「クロアチア兵です」と答えたのですが、このとき側近はルイ13世が首の布ではなく兵士について質問したと勘違いし、更にフランス語でクロアチアを意味する「クロアト」ではなく「クラヴァト」と言ってしまうという、2つのミスを犯してしまいます。
ですが、結局その時に側近が言い間違えた「クラヴァト」が首の布を指す言葉として定着し、現在も使われ続けているのです。
傭兵がファッションリーダー?
そもそもクロアチア兵たちは何故首に布を巻いていたのでしょうか。
その起源は古代ローマの時代まで遡ると言われています。
古代ローマ兵は、ヘルメットが首筋に当たって擦れるのを防ぐためにフォカーレという布を首に巻き付けていました。つまり、実用性が目的のアイテムでした。
ですが、時が下って17世紀のクロアチアでは妻子や恋人など、女性の衣装の一部を首に付けていれば戦死することがない信じられるようになっていました。つまり、兵士たちはお守りとして首に布を巻き付けていたのです。
そのお守りのご加護もあったのでしょうか。精強なクロアチア兵は三十年戦争で活躍し、彼らの首の布は「クラヴァト」という名前でヨーロッパ中に広まっていきました。
● 30年戦争地図 ※Wikipediaより
ルイ13世に続くルイ14世の時代のフランス軍には、傭兵部隊である「ロワイヤル・クラヴァツ連隊」(royal cravattes)が編成されました。彼らが奇襲時に慌てて出撃した際に、乱れたままだったクラヴァトが粋だと評判を呼び、わざと片方の橋をボタンホールにねじこんだ結び方が流行したこともあったそうです。
つまり、当時ネクタイは「軍人というお仕事」を象徴するアイテムのひとつだったのです。
レジメンタル柄は連隊の柄
このように、軍隊はネクタイの歴史を語るうえで欠かせない要素ですが、ネクタイの代表的な柄のひとつであるレジメンタル柄も、軍隊と深い関係性があります。
レジメンタル柄はいくつかの異なる色が斜めのストライプになっている柄です。
1880年代にアメリカのオックスフォード大学の学生たちが学校のカラーを使った鉢巻リボンを帽子から外して結ぶようになったのがレジメンタル柄の起源ですが、それと同じ頃、イギリスの軍隊が部隊の紋章や旗に使っている色をネクタイにも使うようになりました。連隊を意味する英語はregiment。つまり、レジメンタル柄は連隊の柄、という意味になります。
最もお仕事で使えるネクタイの柄は?
このように、ネクタイはその登場の頃から様々な色や柄のバリエーションがありました。そして、今もお店に行けば、色とりどり、多種多様な柄のネクタイが並んでいるので、どのネクタイを買ったらいいのか迷ってしまうこともあるでしょう。
そんな場合、オススメしたいのが水玉柄のネクタイです。なかでも、ネイビーの生地にピンドットと呼ばれるごく小さな水玉柄は格式が高い柄とされています。
例えば、大統領、総理大臣などの各国の首脳が国際会議に出席する際も、ピンドットタイは多く着用されていますし、式典やパーティ、またビジネスなど様々なシーンで広く着用できます。
つまり「最もお仕事で使えるネクタイの柄」と言えるでしょう。
ちなみに、ダークスーツ(ネイビー、ダークグレー、ブラックなど)に白のシャツ、ネイビーのピンドットタイ、あるいは無地のネクタイ、そしてストレートチップのレザーシューズという組み合わせは「準礼装」として様々な席で通用する、「とりあえずこの格好をしていれば大丈夫」な服装とされています。
リーダーたちが赤いネクタイを付ける訳
● 大統領就任宣誓を行うバラク・オバマ ※Wikipediaより
国際会議などに出席する各国首脳のネクタイを見ていると、ネイビーなどのブルー系に他に、赤やえんじなどのレッド系が多いことに気が付きます。
1979年に日本で開催された第5回先進国首脳会議、通称G7では議長を務めた日本の大平正芳首相をはじめ、カナダのジョー・クラーク首相、アメリカのジミー・カーター大統領、フランスのヴァレリー・ジスカール・デスタン大統領らがレッド系のネクタイを着用しています。
近年では、ドナルド・トランプ第45代アメリカ大統領も赤いネクタイのイメージが強いのではないでしょうか。
レッド系のネクタイは「若々しさ」や「積極性」をアピールするのに向いているとされています。
例えば、アメリカで1958年に発売されたセールスマンのためのガイドブックでは、レッド系のネクタイが「セールスマンを失意と失敗から救って熱狂的な成功に導いた」アイテムとして紹介されています。
更に遡って1913年(大正時代!)の日本で発表された「赤ネクタイ主義」というエッセイでは、「既に六十の坂に近かろうと云う老人」が「何時までも若い気分を失いたくないという心持」を表すため「赤いネックタイを着け」ていると、指摘されています。
百年以上前から、赤いネクタイは若さの象徴だったようですが、そのイメージは近年も変わっていないようです。
1980年代の服装指南書では、色彩心理に基づいてスーツがネイビー系ならばその反対色である赤やえんじ、オレンジなど、スーツがグレー系ならばその反対色であるえんじやオレンジなどをVゾーンに配すれば、若々しさをアピールできると説かれています。
また、近年出版された、大手セレクトショップ監修のスーツ指南書でも、レッド系のネクタイは「力強さ」「情熱」を相手に与えると紹介されています。
ナンバーワンサックスーツ
世界最古の衣料ブランドであり、世界で初めて既製品のスーツを販売したアメリカの老舗ブランド、ブルックス・ブラザーズ。夏素材の定番であるシアサッカー素材を初めて紳士服に取り入れたり、スポーツウェアの機能的なディテールを取り入れたポロカラーシャツを考案したり、マドラスチェック柄を初めて服に採用したりと、様々な革新的なアイテムを世に送り出してきた、メンズファッションのイノベーターと言えるブランドです。
エイブラハム・リンカーン、セオドア・ルーズヴェルト、ジョン・F・ケネディ、バラク・オバマなど、これまでのアメリカ大統領のほとんどが袖を通してきたことでも知られています。
そんなブルックス・ブラザーズの伝統あるベーシックモデルとして、長年支持され続けているのがマディソンスーツ、別名ナンバーワンサックスーツです。
大統領をはじめとするアメリカ政治家だけでなく、名だたるハリウッドスター、ジャズマンなどに100年以上愛され続けてきたマディソンスーツのコーディネートされるのは決まって、ホワイトのシャツに赤のレジメンタルタイです。
このように「赤いネクタイはリーダーやスターたちのお仕事を支えてきたアイテム」と呼べるでしょう。
お仕事でのここ一番のプレゼンの時などは、赤いネクタイを付けると過去のリーダー達の力を借りて自信を持って望むことができるかもしれませんね。
ビッグブランド、ラルフ・ローレンはネクタイから始まった
そんなブルックス・ブラザーズでキャリアをスタートさせたのが、ラルフ・ローレンです。
大学時代、学校の勉強よりもファッションに熱中していたラルフ・ローレンが大学を辞めて働き始めたのが、自らも顧客として足繁く通っていたブルックス・ブラザーズでした。
とはいえ、ラルフ・ローレンはその後すぐに兵役で予備軍に加わったため、ブルックス・ブラザーズに在籍していたのは短期間でした。
除隊後、ラルフ・ローレンはネクタイのセールスマンの仕事に就きます。当時、ネクタイにはデザインという概念がなく、来る年も来る年も同じ形、同じ幅で、素材や模様のバリエーションも限られていました。
そんな退屈なネクタイのセールスに愛想が尽きたラルフ・ローレンは、斬新なデザインのネクタイを作って売りたいと会社に何度も申し入れます。ですが、ラルフ・ローレンの願いは聞き入れられず、結局会社を辞めることになります。
その後、ラルフ・ローレンはスポンサーを見つけ出し、「ポロ・ファッションズ」という会社を設立。
当時の市場には存在しなかった古典的なデザインのネクタイを販売するようになります。
派手な色のプリント生地やウィンドペンの斜め格子など、マンハッタンのローワーイーストサイドに立ち並ぶ端切れ屋で見つけた異国趣味の生地などを用いてネクタイを作っていました。当時、競合するネクタイの価格は5ドル以下が一般的でしたが、ラルフ・ローレンのネクタイは7ドル50セントから15ドルと非常に高価でした。
販売当初はなかなか売れず苦戦しますが、大手百貨店であるブルーミングデールズに置かれたとたん、爆発的な売上を記録しました。
● ブルーミングデールズ ニューヨークの店舗 ※Wikipediaより
彼の幅が広いデザインのネクタイはそれまで市場にほとんど存在しなかった為目新しく、大きな話題を呼びました。また、彼の品質に対するこだわりは凄まじく、百貨店の顧客である裕福な層は、最高級の素材を用いたラルフ・ローレンのネクタイの虜になったのです。
ネクタイで実績をつくったラルフ・ローレンは紳士服に進出。スーツやシャツ、スポーツウェアからベルトまで、ラルフ・ローレンのこだわりがつまったフルラインナップの商品を展開するようになります。
当時、デザイナーはスーツならスーツ、ネクタイならネクタイなど特定のアイテムだけをデザインする存在で、ラルフ・ローレンのようにフルラインナップをひとりでデザインして売ることはありませんでした。
ラルフ・ローレンの象徴、ポロプレイヤーマーク。これはラルフ・ローレンが婦人服を始めるときに、シャツのアクセントにするデザインとして生まれました。
当初は胸ではなく、カフスに刺繍されていました。上流階級のスポーツであるポロをブランドの象徴にすることは、プレイヤーマークは高級感があり知的なファッションを愛するラルフ・ローレンに最適なシンボルになりました。
ラルフ・ローレンはライセンスビジネスを積極的に行っていました。
服だけでなく、靴、ランジェリー、スカーフ、眼鏡などアイテムは多種多様で、1976年にはライセンス事業の売上が1億ドルを超えました。特に香水では試行錯誤の末、大きな成功を収めました。1987年には香水の売上が全世界で1億2500万ドルを記録。ここからラルフ・ローレンは625万ドルのロイヤリティを受け取っています。
先日、ユニクロを展開するファーストリテイリング社の株式時価総額が、ZARAを展開するインディテックス社を抜き、アパレル製造小売業の世界一になったというニュースが話題になりました。ファーストリテイリング社、インディテックス社以下の時価総額ランキングの顔ぶれは、ZARAと同じくファストファッションブランドのH&M、人気下着ブランドのヴィクトリアシークレットなどを展開するL Brands、アメリカンカジュアルの代名詞的存在であるGAPと、世界に名だたる大企業が軒を連ねていますが、GAPに続いて第6位にランクインしているのがなんとラルフ・ローレンなのです。
今や、アメリカを代表するファッションブランドとして世界中の人々の憧れの存在であり続けるラルフ・ローレン。
その「ビッグビジネスの礎」になったがネクタイだったのです。
装いのアイテムのひとつとしてネクタイを楽しむのも一興
こうやって、ネクタイの歴史を紐解いてみると、明日ネクタイを結ぶときの気持ちも変わってくるのではないでしょうか。
最近はリモートワークの浸透やオフィスウェアのカジュアル化もあり、ネクタイを着用する機会が減っている人も多いでしょうが、「お仕事」のためだけではなく、装いのアイテムのひとつとしてネクタイを楽しむのも一興だと思います。
例えば、比較的カジュアルな印象のテーラードジャケットであるブレザーがあれば、気軽に日常のカジュアルファッションにネクタイを取り入れられます。
本稿でもご紹介したレジメンタル柄や赤いネクタイとも相性は抜群。スラックスと合わせたビジカジコーディネートだけでなく、チノパンツやジーンズ、カーゴパンツなどとも相性が良好で、足元は革靴だけでなくブーツやスニーカーでもOK。流行り廃りがないので、一着あれば長い間着用可能。僕自身も、10年くらい前に買ったブレザーを今も愛用しています。
是非一度、お店で羽織ってみて下さい。
※参考文献
出石尚三「男はなぜネクタイを結ぶのか」新潮社 2006年
辻元よしふみ「スーツ=軍服!?」彩流社 2008年
田中里尚「リクルートスーツの社会史」青土社 2019年
ジェフリー・A・トラクテンバーグ 片岡みい子訳「ラルフ・ローレン物語」集英社 1990年
※こちらの記事の内容は原稿作成時のものです。
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