はじめに
書店に行って「いい本」と出会えたら、ちょっと得した気分になるものですよね。もしページをぱらぱらっとめくって、自分が求めていたものにマッチしていたら、買ってみようかなと思う気持ちも湧いてくるはずです。
本連載では、そのお手伝いをするべく、書店の巡り方という視点から「いい本」の探し方についてご紹介してきました。
最後の回では、これまででお伝えしきれなかった「いい本」の探し方のコツや、仕事で役立つ「いい本」のひと味違った探し方など、3つの話をお届けします。
書店に行くのが楽しくなるような内容となっているので、ぜひ最後までお付き合いください。
いい本を探すときに知っておくと便利な話「見るべきは書籍の一番後ろのページ」
最初に、前回までにお話しきれなかった、「いい本」を探すときに知っておくと便利な話をします。
重版とは? 1刷の読み方は? 奥付の情報をチェックしてみよう
「いい本」がなかなか見つからないときは、ぜひ奥付(おくづけ)にある重版(じゅうはん)情報をチェックしてみてください。もし情報が記載されているなら、「いい本」であることが多いからです。
奥付とは、書籍を書いた人の名前や発行日などが書かれた箇所のこと。書籍のおおよそ最後のページを見ると、「書名○○ 著者○○ 発行者○○ ○○年○月発行 ○○年○月○刷」などと記されていますが、その部分を言います。
このうち、「○刷」という表記が重版情報です。○には数字が入り、業界の慣習的には1刷(いちずり)、2刷(にずり)という読み方をします。1刷は初刷(しょずり)という言い方をする場合も多いです。
重版とは、一度出版された書籍を、2回以上印刷することを言います(つまり2刷以上の書籍)。
たとえば、ある書籍が今度出版されるとしましょう。
このとき、出版社は、販売冊数を予測しながら印刷をします。
「この著者さんが書いた本だから、
だいたいこのくらいは売れるだろう」
「この本は旬のネタを扱っているから、
多めがいいだろう」
など、さまざまな事情を加味しながら、刷り部数を決めるのです。
ところがいざ販売が始まると、思った以上に売れ行きがよく、最初に決めた刷り部数をすぐに超えてしまいそうになっている。このままでは、売り逃しが生じてしまうかもしれない。
そのとき出版社は、チャンスロスを防ぐために再度印刷をし、在庫を増やすことをします。これが重版です。
以上から、重版されている書籍は、たくさんの人の心に刺さるような内容であると言うことができます。選び方に迷ったら重版情報を見るのは、有効な方法のひとつです。
重版の回数はどう見ればいい?
ところで、重版は1度きりではなく、書籍の売れ行きが良ければ何度も行われます。
たとえば、新潮社の『若き詩人への手紙・若き女性への手紙』(リルケ著)の奥付には、「昭和二十八年一月二十日 発行 平成二十九年十月二十五日 六十六刷」とあります。1953年から2017年までの約60年の間に、実に66回も刷られているのです。
では、何回重版されていると良書に入るのでしょうか。
それについては、1回の刷り部数や出版社の意図などもあるので、なかなか明確に答えることはできません。しかし、1回でも重版があれば注目していいでしょう。重版は、出版社にとって、ある意味大きな冒険だからです。
基本的に、書籍という商品は、売れ残れば書店から出版社に返品されます。従って、できれば過剰に印刷はしたくないというのが、出版社の心情です。
このような背景から、重版はその書籍が今後も安定して売れるような良書でないと、ほとんど行われません。だからこそ、ただ1回の重版であっても、注目して損はないと言えます。
奥付にある発行年月日も見てみよう
奥付で重版情報の有無を見るときは、あわせて発行年月日を見るといいでしょう。
理由は、書店員のおすすめしたいという強い思いが、読み取れることがあるからです。特に面陳や平積みの棚に、なぜか発行年月日が少し前の本があったら、書店員が推している書籍の可能性が十分にあります。
本連載の第1回・第2回で、面陳(本の表紙を見せて陳列する方法)や平積み(平台に本を積む陳列方法)された書籍は、書店員が今おすすめしたい、もしくは多くの人に受け入れられている書籍の可能性が高いとお伝えしました。また、面数が多いだけ推し度が高いとお話しました。
一方で、書籍には(ジャンルにもよりますが)、発売からだいたい1ヶ月程度までが一番売れる傾向にあります。そのため、面陳や平積みの棚は、比較的発行年月日が浅い本が並びがちです。
ですので、もし「なぜか発行年月日が少し前なのに、面陳 or 平積みになっている書籍」があったのなら、それは新しい書籍を押しのけてでもおすすめしたい書籍と見ていいでしょう。
仕事に役立つ本を探すときの話「ビジネスの知識が得られる意外なジャンル」
次にするのは、仕事に役立つ本を探すときのお話です。
「作業の効率を上げたい」「コミュニケーション能力を磨きたい」と思って、書店を訪れる人もいるでしょう。そのとき、真っ先にビジネス書の棚に足を運ぶ人は多いはず。
ですが、実はそのほかのジャンルでも、意外と仕事に役立つ本はたくさんあります。たとえば、古典や中学生向けの参考書はその一例です。
古典は普遍的な叡智の塊
何十年、何百年、何千年前に書かれた古典は、私たちに重要なヒントを与えてくれます。はるか昔の本を今こうして読めるのは、時代に左右されない普遍的な知識が詰まっているから。いつのときも多くの人に受け入れられてきたからです。
たとえば14世紀中頃に成立した『徒然草』は、兼好法師がその道のプロに聞いてさまざまなことを学ぶ話です。適材適所の重要性や「今この瞬間」を大切にする姿勢などを教えてくれます。
15世紀の初めに成立した『風姿花伝』は、世阿弥が書いた能の書ですが、そこに詰まっているのは学びのプロセスです。何かの技術を身につけようと思ったら、何歳のときに何ができているのがいいのか。困ったときには、何に頼ったらいいのか。そうしたヒントをもたらしてくれます。
紀元前に書かれた書籍も、私たちに大切なことを伝えてくれます。
『ソクラテスの弁明』(プラトン著)では、ソクラテスが正義とは何か、無知とは何かを語ります。物事の真意を探るために問いを重ねることは、働く中で何か壁にぶつかったときに、突破口を見つける力となるでしょう。2500年以上の時が経っていながら色褪せない叡智が、そこには詰まっています。
もし、古典が読みにくいと思ったら、簡単な解説本から読んでみるのもいいでしょう。「なるほど。この本は、大体こんなことを言っているんだな」と知るだけでも大きな一歩です。
中学生向けの参考書
中学生向けの参考書も、実は仕事に役立ちます。特に社会や理科の参考書がおすすめです。
「え、中学生向けの本でしょ??」と思ってしまうかもしれません。
ですが、実は今の社会問題やニュースでよく取り扱われている話題など、日常生活に直結するような事柄がきちんと網羅されているものが多いのです。しかも、とても平易な言葉と図解で説明されていて、わかりやすいのが一般的な特徴としてあります。
「これはたまに聞くけど、どういう意味かわからない。わからないけど、特に調べたことがないから結局今も何なのかよく知らない」。そんな言葉や出来事はありませんか。
もしそこで簡単にでも調べて意味を知ったら、物事の見方はガラリと変わります。違う着眼点を持てるようになれば、仕事でのアイデアや企画などをスムーズに出せるようにもなるでしょう。
いい本を読むときの話「宝探しのように楽しんでみよう」
積ん読という言葉があるように、本を買ったはいいけど結局読んでいない経験をしている人は少なくありません。「いい本の見つけ方はわかった。でも買っても読み通せる自信がない」という人もいると思います。
先にお伝えしておくと、「いい本」に限らず書籍は無理して読むものでもありません。
それでも「いい本」を買って読み通したいと考えているのであれば、宝探しのような感覚で読むのがおすすめです。
飛ばし飛ばしでも、ざっくりでもいいので読み通してみる。そうする中で気になるところ、好きなシーン、読みやすい文章を探してみる。それだけでも十分な読書です。
「最初から最後までじっくり読まないと、内容が頭に入ってこないのでは?」と感じる人もいるでしょう。
ですが、音楽のCDアルバムをながらで聞いていても、好きな曲、好きなフレーズは頭に残っているもの。そしてその記憶さえあれば、たとえば何も知らない友人に少しでも「どんなアルバムだったのか」話すことができます。友人からすれば、あなたはアルバムを聞いた人です。
書籍も同じで、ざっと読んだとしても、いわゆる「ぐっと来た」ところは記憶にきちんと残っています。それだけで、その書籍を読んだことのない人に少しでも「どんな内容だったのか」話すことができます。話を聞いた人からすれば、あなたは書籍を読んだ人です。
書籍の場合、新しいことがたくさん書かれていて、全部を理解するには頭をフル回転させる必要があります。じっくりと向き合っていたら、途中で読み飽きてしまったり、眠くなってしまうことだってあるでしょう。
それはお宝を目の前にして、冒険を諦めてしまうことに近いかもしれません。宝探しのようにというのには、肩に力を入れず、気楽にという意味もあります。
もし、それでもなんだか読んだ気にならないと感じるのであれば、少し時間を置いてからまた目を通すのもいいでしょう。
回を重ねれば、着実に書籍の内容の理解が進みます。一度ですべてを味わうのではなく、何度も噛んでじっくり堪能する。そのような付き合い方もひとつです。
まとめ
ここまで「いい本」の見つけ方や読み方など、さまざまな観点からお話をしてきました。最後に、ひとつだけお伝えして締めくくりにしましょう。
書店で「いい本」を見つけたら、たとえそのときは購入していなくても、また機会を見て書店に足を運んでみてほしいと思います。
「いい本」に一度出会った経験をすると、
「今度も同じところを見てみようか」
「それとも次は違うところを探ってみようか」
と自分なりの書店の巡り方が浮かんできます。
「このタイトル、前はそうでもなかったけど、
今は妙に気になる」
「この書棚に並んでいる本、
よく見たら結構興味のあるものが多いな」
面陳、平積み、エンド、フェア……「いい本」によって興味が刺激されたことで、これらの棚が今までとは違って見えてくることもあります。
書店は、「いい本」と出会ったり、購入したりするだけの小売店ではありません。いつなんどき訪れてもあっと驚くような体験、知識が深まるような経験をさせてくれるワクワクな場所なのです。
※こちらの記事の内容は原稿作成時のものです。
最新の情報と一部異なる場合がありますのでご了承ください。
この記事を書いたひと
フリーライター、元書店員。趣味は散歩やDIY。百均やホームセンターがテーマパーク並に面白いことに気づきました。【時間】についてひっそりと研究中です。 Twitterやっています。